哀れ今年の1月もいぬめり
振り返れば、沢山の新年会があり、ライブあり、撮影小旅行あり、セーリングも有りで、中身の濃い1月を過ごせた気がする。にもかかわらず、アッという間に通り過ぎていくようで、ものの哀れを感じる。これは単に歳をとったと言うことなのか、それとも感性が研ぎ澄まされてきているからなのか。
予想では二月はもっと短い。物理的にも短いし、気分の上でも短くなりそうだ。悔いのない日々を過ごしたいとあらためて思う。
悔いなんて、 (食いは有りですから・・・) 微塵もないでしょう!
比べてはるるの日々は、 ふわふわとろとろるんるん
で、 何やってんだか・・・・・・でございます。。。
です。本当に心からくつろいで安寧な日というのはそうそう
あるものではないです。以前、タイトル通りに毎日が光か
影かを書いている時もありましたが、影の日が多かったのを
記憶します。ふわふわとろとろるんるんって、光に包まれて
います。
天声人語に、ソクラテスの有名なフレーズが引用されて
いました。「ともかく結婚してみなさい。よい妻なら幸福
になれるだろう。悪い妻なら君は哲学者になれる。」
これはどちらが光でどちらが影か考えさせられます。