新年あけましておめでとうございます
皆さま、すがすがしく新年をお迎えのことと存じます。今年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。
早く目覚めれば初日の出を採りに行こうと思っていたが、目覚ましを仕掛けていた5時過ぎには起きられず、気が付くと7時過ぎ。もうお日様は上がってしまっているので、断念となる。
今日のメインイベントは、娘家族が午後に来るので、それに備える。大晦日までに念入りに掃除はしたつもりだが、改めて見ると埃が残っているところや、ランプシェードの拭き残しなどがあり、お祝いをした後に雑巾がけ。
10時過ぎには年賀状が届く。このデジタル時代に昔ながらの風習がいつまで続くのかと思うが、これはこれで大切な文化なのだろうと思う。ただ、いただいた年賀状を見ていくと、大きく分けて三種類に分類されるようだ。
裏面のデザインは、人さまざまで伝統的な既成の図柄とあいさつ文のもの、オリジナルなデザインのもの、自分の思いを長々と文章で伝えるもの、写真とメッセージで近況を伝えるもの、etc. それはそれぞれでいいのだが、一番注目するのは自筆のメッセージの有無。
印刷だけでメッセージがないもの、「お元気ですか」とか簡単なありきたりの一言、メッセージ性の強いコメント。せっかくだからメッセージ付きがありがたい。
ひょっとしたらメッセージのない賀状は、こちらが出すから返事を書くのが面倒なのでノーメッセージで元旦に届くように出されているのか、大量の賀状を出すのでいちいちメッセージを書いておれない人もいるのだろうと思われる。
自分としては、賀状を出すというのは、自分の人生のそれぞれの局面でお世話になった人、心が通じ合ったと思った人、一方的に惚れ込んだ人、今親しくお付き合いしている人、今後ともずっと友達でいたい人に出状していると思う。
一方的な思い込みで出状して反って迷惑になっているケースも無きにしも非ず。その辺りは今後整理・淘汰していきたいものだが、その見極めがなかなか難しいと思われる。
そんな思いを馳せながらいただいた賀状を読ませていただいていると昼も過ぎ、孫がやってくる時刻となった。
どうやら砂遊びに付き合ってくれるジィジとして定着しているようで、「お砂に行こうか」と声を掛けるとテンションが上がってすぐに近所の公園に行くことになる。
広い砂場はあるが、興味は滑り台に移ったようで、子供用の滑り台と昔からある幅広の滑り台に熱中する。この幅広の滑り台は、娘や息子も小さいころに連れてきた頃と変わっていない。
温かくて気分も軽やかです。
今年もよろしくお願いします。