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これがミッチの"My Slow Life"

oilsardin.exblog.jp

イマドキシニアの光と影

裁判員制度、疑似体験

2008年3月22日(土) 晴 7745歩

 午後に英語会のダブルヘッダーがあるのだが、教材の予習をしようとすると今日のはずいぶん楽そうである。テーマが新聞記事三題で、ペーパーレスホームの到来、シリコンバレーにおけるソーラーバッテリー開発の行方、環境に優しいお花屋さん、というものであった。単語的にも構文的にも難解なものはなくて90分で十分準備完了。

 パート2の法律英語の方は、たまたまカナダ人の先生がお休みなので、年次総会のあと、この機会にNHKで放映されたザ判決という番組のビデオを見て裁判員制度について考える。限られた時間で、あまりにも簡略化された設定での裁判員制度の検証には無理があるが、現実に裁判員に指名されたら、ずいぶん悩むことになるだろうなということは実感する。

 「疑わしきは罰せず」ということになると、よほど明々白々な物的証拠がないと有罪判決は下せないだろうな、と実感する。冤罪を生み出すよりかはいいのだろうが、本当は有罪の犯罪者を証拠不十分で無罪にしてしまいそうな気がする。
by yellowtail5a01 | 2008-03-22 23:59 | 外国語・教養 | Comments(2)
Commented by ue at 2008-03-27 20:04 x
この制度は、いよいよ来年から始まりますね。刑事事件、それも殺人などの極刑に素人が判断を下すといった、性急なスタートです。欧米先進国の例にならうのはいいことですが、問題は国民に対する法務省の不親切なお願いベースで進められているようです。茨城の連続通り魔殺人や岡山の突き落とし事件・・・明らかに極刑・死刑となるでしょうが、加害者と被害者の間に立って、そんな事件の判断を下す裁判員の精神的負担は極めて大きいことになります。現実のものになって始めてことの重大性に気づくことになると思います。
Commented by みっち at 2008-03-27 20:31 x
裁判員に指名される確立ってどのくらいなのでしょうね。おっしゃる
ようにどちらに転んでも裁判員の精神的負担は大きくて、達成感や
充足感を感じることはまずないでしょうね。逆に、「あの判断は正し
かったのだろうか」という疑念が長く尾を引きずりそうな気がしますね。
となると、どうしても「疑わしきは罰さず」の西進が支配して、極刑が
減ってきそうな気がします。それで、凶悪犯罪が増えることになったと
したら本末転倒になりそうです。